わたしの生きづらさは、わたしの豊かさと切り離せないとおもう。
わたしが自閉スペクトラム症でなくなって、定型発達の女性になったら、
もっとすんなり恋人ができたり、職につけたり、友達もたくさんいたりするのかもしれないし、こんなに頻繁に死にたくならないだろうけれど、
わたしの想像力の豊かさや、感受性の強さや、言葉に表せないとてもわたしらしい何か、そういうものが失われるんだったら、
自閉症スペクトラム万歳、いや、いまのままの自分万歳なのです。
最近Netflixの「ラブオンスペクトラム」という恋愛経験のない自閉スペクトラム症の若者が恋人作りにチャレンジするドキュメンタリーにハマっていて、とても興味深く見ているんだけど、
やっぱり、自閉スペクトラム症(ASD)の人たちって、恋愛むずかしいんだなぁ、と。
がんばっても報われない恋ばかりで、
それでも彼らは挫けないしそこから学ぶのだけど、
ふと悲しくなる。
自閉スペクトラム症にうまれて、
恋ってあきらめなきゃいけないのかな。
でも。彼らはどうやって結ばれたんだろう?
番組をみていても、実生活でASDの人たちと触れ合っていても感じるのだけど、
悪意がまったくない。平和主義。澄んだ空気を纏っていて、優しい。一生懸命。
なんかそこにいるだけで、かわいらしい。
「定型的な」幸せは獲得できなくても、
たくさんのひとを幸せにできているとおもう。実際「ラブオンスペクトラム」はすっごく面白いしね。
んーでも恋はしたいよね〜