偶然日記

いまのテーマは一対一の人間関係。

願いが叶う不思議なリスト

 

こんなの見つけたからコピペします

新手のチェーンメールみたいな感じだけどけっこう楽しい🍑

 

以下コピペ🍑🍑🍑


たったの3分ですから、ためす価値ありです。

まず、ペンと紙をご用意下さい。
そして約束してください。

絶対に先を読まず、1行ずつ進む事を。

先を読むと、願い事が叶わなくなります

 

 


●準備はよろしいですか?。

 

1)まず、1番から、11番まで、縦に数字を書いてください。

 

2)1番と2番の横に好きな3~7の数字をそれぞれお書き下さい。

 

3)3番と7番の横に知っている人の名前をお書き下さい。

必ず、興味のある異性の名前を書く事。

 

 

必ず、1行ずつ進んで下さい。

先を読むと、なにもかも無くなります。


4)4、5、6番の横それぞれに、自分の知っている人の名前をお書き下さい。

これは、家族でも知り合いや、友人、誰でも結構です。

 


まだ、先を見てはいけませんよ!!

 

8、9、10、11番の横に、歌のタイトルをお書き下さい。

 

5)最後にお願い事をして下さい。

 

 


さて、魔法のゲームの解説です。

 

1)このゲームの事を、2番に書いた数字の人に伝えて下さい。

 

2)3番に書いた人は、貴方の愛する人です。

 

3)7番に書いた人は、好きだけど叶わぬ恋の相手です。

 

4)4番に書いた人は、貴方がとても大切に思う人です。

 

5)5番に書いた人は、貴方の事をとても良く理解してくれる相手です。

 

6)6番に書いた人は、貴方に幸運をもたらしてくれる人です。

 

7)8番に書いた歌は、3番に書いた人を表す歌。

 

8)9番に書いた歌は、7番に書いた人を表す歌。

 

9)10番に書いた歌は、貴方の心の中を表す歌。

 

10)そして11番に書いた歌は、貴方の人生を表す歌です。

 

これを読んでから、1時間以内にブログや日記に貼り付けてみましょう。
そうすれば、あなたの願い事は叶うでしょう

 

 

🍑🍑🍑

 

わたしの心の中を表す曲は、James BlakeのDon't Miss It

人生を表す一曲はキリンジの「いつもかわいい」でした

 

あはは笑😅

 

 

買って良かったものなど

すんごいダメ人間みたいな日記を書いてから更新がなかったですが、まぁいい感じに元気に過ごしています。

あの頃あんまり元気がなかったけれど、12月の半ばに、母へのクリスマスプレゼントを買うためお店巡りをしたのがよくて、その日を境に、けっこう元気になりました。

夜はさっと寝て、外出もデイケアと家の往復くらいにとどめているので躁転といった感じもなく、いい感じに元気。

元気になり始めの時、風邪と重い生理が同時に来て外出ができなかったのが、躁転を防いでくれたんだと思う。

急に元気になると、それまで鬱々としていた分、外に出ていろんなひとと交流したり買い物したくなるけど、元気になり始めの時期だけでもぐっとこらえて外出は控え睡眠薬使ってでも夜はすぐ寝る!

それが大事だね。

 

んで、

今日は珍しく買って良かったものなど書いてゆきたいなと。誰が読むねんって感じのブログだけど。

 

まずこれ。

 

 

 

ガミラシークレット Gamila secret ゼラニウム 115g

ガミラシークレット Gamila secret ゼラニウム 115g

 

 

洗顔石鹸。

使い始めて一か月ちょっと経つんだが最近ようやく良さがわかってきた!

いま、人生で一番肌の透明度、高い。

使い続けると肌のくすみが抜けてつるんとした感じになるんですよ。

ゼラニウムの香りのものを使ってるんだけどぜいたく~な気分。アロマの先生がいうにはハートチャクラを開く香りらしい。(ベルガモットやローズも)

 

 

LPN ストレッチポール(R)EX ネイビー 0001
 

 

ストレッチポール!

これ、今日使い始めたんだけど、めちゃくちゃ良いですわ。

いろんなひとが言ってるように、このストレッチポールを使った後、

床に寝っ転がるとめちゃくちゃ吸い込まれる~~~~!(床に!!!)

床と背中がべったりくっつく不思議な感覚。床がブラックホールになってる感じ。

すんごい心が静まって瞑想っぽい。

ヨガのレッスンの最後、大の字で寝るしかばねのポーズするじゃん?あの気持ちよさ。

 

 

ま、とりあえず今日はこの辺で。

読んでくれたあなたに祝福あれ~

 

 

 

努力が面倒くさくて死にたい

タイトルの通りなんですけど。

自分で書いていて呆れるんだけど、

努力が面倒くさくて死にたい

 

「そんなことで死ぬなよ」って自分でもわかってる。

「甘えてんじゃねーよ」って言われたこともある。

なんかやる気が出ない

「無理しなくていいんだよ」って一生言われてぬるぬると暮らしたい

 

 

生きていて嬉しい、楽しいって思うことにする。


周りの人はみな優しくてやわらかいって思うことにする。


お酒に逃げたくなったけど、空を見て思いなおした。


わたしきは夢がありました。

そのことを忘れていたよ。


今日は笑顔で人に会えたからOK

わたしは笑顔がかわいいと言われるんだ。

ゼロ

ゼロから始められるって、すばらしいことじゃないか、と気づいた

わたしにはその機会を与えられた

 

また生まれなおす

25年間の人生は、自分を責めすぎたから

これからのゼロ歳のわたしは自分にとことん優しい言葉をかけると決めた。

自分を責めないと、他人に責められると思い込んでいたけれど、

そんなことなかった。

 

いま、わたしひとりに心強いチームがついてくれている。

家族と、主治医と、ソーシャルワーカーさん。

これからはデイケアのスタッフの方々、就労移行支援の方たちもいずれチームに入ることだろう。

自分ひとりに対してこんなに多くの人たちがついてくれていると思うと悪いことはできない。彼らのためにも笑顔で前向きにいようと思える。

 

ありがとう。

植物

人間というよりは植物の波動に近いね、って言われたの。

 

その人は発達障害のわたしにこうも言った。

「あっち(大多数)の方が障がい者って感じだよ!ギスギスしちゃってさぁ!」

 

わたしは涙が出そうになった。そうだよ、なんでみんなギスギスしているの、ってずっと思ってきたから。争いなんて嫌いだった。ほんとうのことだけでやりとりしたかった。

 

植物に近いわたしには、この世界は刺激が強すぎる。

じぶんを一輪の花だと思って接してみると、優しくなれる気がする。

そのひとに撫でられながら、自分を愛することの本番が始まったと思った。

精神科から退院して思うこと

5月25日の夜に車の中でカフェイン剤を致死量飲んで死のうとした。

憶えてないけれど気弱なわたしは薬を全部(100錠は一気に飲んだと思う)飲んだ後、車の中から母に電話した。

どういう薬をどのくらい飲んだのか、電話したときどういう状態だったのか、ほとんど思い出せないけれどそのあと救急車で運ばれ心肺停止に7分陥った。

 

2日間眠りつづけて意識が戻ったあとは母の名前を間違えて呼んだ。

 

日が経つほどに意識ははっきりしてきたが、幻聴や幻視に悩まされ、看護師たちがわたしをいじめると思い込んでいた。看護師たちは自分を殺めようとしたわたしを罰するために生き地獄の苦しみを味わわせるつもりなのだ、とわたしは思った。いま思えば幻聴なのだが騒音やわたしを嗤う声がひどかった。(でも正直なところよくわからない。いじわるなことをはっきり言われた記憶もある。あまりにもリアルだけれどこれも全部幻覚だったのか?)

寝汗のひどい夜に病院を逃げ出そうとして取り押さえられたことがある。怖い顔をした看護師や精神科医が集まってきて、いまでもそのときのことを思い出すと恐怖で体がこわばる。身体もふらふらでうまく歩けなくて、公衆電話からもなぜか110番がつながらなくて、ヒッチコックの映画みたいだった。もう思い出したくない。

2週間ほど集中治療室にいて、そのあとは精神科に転室した。

そのときには幻覚も収まっていって、おだやかに過ごした。

看護師さんたちもいいひとばかりで、退院するときにさびしかった。

 

今回、脳に後遺症が残ってしまい、生活に不自由はほどんどないけれど、利き手が動かしにくくなってしまった。

リハビリのためにも入院中、毎日日記を書いていたのだけれど、6月30日、静かに雨の降っていた日、この先の予感のようなものが降りてきて、それを日記にしたためた。

 

6月30日 (土)

これからもしかしたら職業訓練所などに通うかもしれないが、ゆったりとしたペースで働き、「雨だなぁ」など思いながら窓の外を見たりするのだろう

 

あの日からときどきこんな静かな気持ちになるときがある。

退院して一週間と一日経った今日、ひさしぶりにこの静けさが降りてきた。

入院中、いろいろな検査をして、わたしは発達障害の「自閉症スペクトラム」であるとわかったのだけれど、これからは通院しながら、日中はそういった精神障害のある人のデイケア施設に通うことになる。どれくらいしてからかわからないけれど、その後は就労移行支援の場に行くことになるのだという。そこで自分の障害にあった仕事探しをする。

焦る気持ちもでてくることもあるけれど、「焦って仕事に就くとまた入院することになるかもしれず、長い目で見ればこれがいちばんの近道なのです」と優しい主治医は何度も言ってくれる。

そうかわたし、発達障害だったんだ。だからいままでいろいろ、生きづらかったんだ。

25年間生きてきてようやく、生きづらさの要因に気づけてホッとしている自分がある。