偶然日記

いまのテーマは一対一の人間関係。

nomikomu umidasu

「女というのは魂につけることのできる最も高貴な名前である」

エックハルト説教集というのを読んでいたら、こう言っていたんだよ、エックハルトが。

 

 

 呑み込むと、

生み出す。

 

わたしは子どものころから、車は運転しないと固く誓っていた。

車は恐ろしい、ちいさな、無力なひとびとをひき殺し、ばらばらにし、伸ばし、ぼよぼよにし、あるいは生殺しにし、火だるまにし、欠陥させ、沈黙させる。

 

きょう教習所で、赤い車の中で、

わたしはボロボロ泣いた。

こわいんだ、最終試験で40キロ出すなんで無理だよ。坂道なんて登れない。

 

指導員に連れられて、ロビーに行って、教頭が出てきて、「落ち着いてください」と言われた。とっくに泣き止んでいるのに。静かに泣いていたのに。

 

わたしはね、

月を見ながら歩くのが好き。

月とわたしは

一直線に結ばれてる。

それだけでいいと思ってしまう。

お父さん、

教習所辞めていい?

 

世界に伝えることがあるとしたら、

 

あるとしたら、

 

わたしは月を見ながら歩く夜の豊かさを。

目の前の優しい人だけに、伝えたい。

21歳の書き残し

21歳のとき、I君に恋をしたのだけれど

朝方、そこで書き残したメモが見つかったので、ここに。

いまわたしは24歳だから、3年前だね。

 

 

「9/13

やっぱりI君のことすきなんですけど 好きとかそういう形におさめたくなくて、

ひとつの、広くて伸びやかな、奇跡みたいなこととして とらえたいと思った。

あんなに優しくて純粋な人に出会ったのは初めてで、世界のすてきさを示してくれたことは、とてもありがとう。

そういう事件

きっとすてきな家庭を築くんだろうな。

でも汚いところだってあるよ。

誰にしたって。

あんまりお互いを神聖化していると、

神聖なイメージを守ろうとして、

深く立ち入れない。かもしれない。

 

しかし 男女が迷い込む道に入らず

うつくしいとうめいな領域を守ってゆく

維持させてゆくカンケイもいいと思う。

生きてゆくにあたってすごく支えになる。

ありがとう。

 

女性性の再発見/マリオン・ウッドマン著

すごくおもしろい! おもしろいとおもうが、まだわからんけど

これはタメになるかも……。

でてくる女性ってでも肥満なのかな?

体重近いけど…。

私って肥満なのかな。

うーん。

ちがうと思う。

ハハはちょっと肥満だと思う。

小説書くゾー。

Iくんからメールくるかな。

来ないなあ。」

 

月とわたしの関係

月を見上げながら歩く、月がついてくる

寒くて頬の毛穴がきゅうっと縮まっているのを感じるような、冬の夜

ぽうっと広げた口に紺色の空が流れ込んできて、

月と、わたしだけの関係。

 

そんな夜の散歩が好きだ。

好きだった、中学の頃、高校の頃、

今月のはじめ、中学の頃住んでいた地でひとり、数日暮らした。

お気に入りのコーヒー屋さんができて、21時を過ぎると、そこまで35分かけて、歩いて行った。

みんなが「すぐそこ」まで車を使ってゆくような地。

30分以上あるいて毎晩コーヒー屋さんに行ってると言うと驚かれる地。

 

月がついてきた。

歩いていると、ずっと、月がついてくる。どこまでもずっと。コーヒー屋さんまでずっと。

冬の空は澄んでいる、とひとびとは言う。そうかもしれない。

田舎で、昔からの平屋がずっと並んでいるから、月は隠れることなく、ずっとついてくる。

そうだった。

10代の頃、こうして、月を見上げながら、歩いていた。

24歳になったいま、また月を見上げながら、歩く。

わたしはこの地に住むことになるかもしれない。近い将来。

いや、この地じゃなくても、月がついてくる場所に、住むことになるかもしれない。

そうしたい。

そんなことを思った。

 

それから家に戻って、

きょう、家までの道を一人、月を見上げながら歩いた。

月はついてきていた。

薄い、ヴェールのような雲が濃紺の夜を引きずり、月を隠したり、影を落としたりしていた。

それに合わせて月も、引っ込んだり、顔を出したりする。

雲の動きはヴァリエーションに富んでいて、なめらかだった。

 

夜の散歩は月とわたしだけの関係。

 

顔をあげながら、もうすぐ満ちる月をみつめながら、月に尾行されながら、

月が雲によって姿を消したり、現れたりするその繰り返しをただ見ていると、

いつのまにかわたしと月の間に背の高いヤシの木が表れて、

その結婚式場の前のヤシの木は、顔を上げたわたしの視線の先の月を隠す。

 

そのとき思った。

わたしも月からしたら、

ヤシの木や、ビルや、雲によって、姿を隠したり、現したり、している。

 

わたしも月ではないか、

と閃きのように思った。

 

そしてわたしは月の満ち欠けとじぶんの生理周期が呼応していることを、

ひそかに自慢に思っている。

愛してほしい

すっ、

と、男の人から連絡が来なくなった。

 

そういうことの繰り返しで、これまで、男の人とはセックスでしか繋がったことがない。いや、そのセックスでも、繋がれたという実感はない。わたしはあばずれと言われても仕方ない経歴がだけれども、セックスの仕方がわからない。順番とか、どういうふうにセックスの流れに持っていくかとか、キスの仕方すらわからない。なぜならセックスの最中の記憶があまりないから。ものすごい快感で理性がぶっ飛んでるとか、ドラッグきめちゃってるとか、酒におぼれてるとか、そういうことでは一ミリもなくて、セックスの時、感情や感覚をオフにしてるんだとおもう。男の人と会話すると、「おそろしいほどよそよそしくまったく目を合わせない」と言われてしまうわたしに、開放的なセックスなんてできるわけがない。

 

話は戻るけれども男の人から連絡が来なくなった。

2か月前くらいから、ぱたりと、こなくなった。

tinderで知り合った話の面白い、頭のいいひと。

すごい癖毛でアフロみたいなんだけれど、坊主にしてる。

一度しかあったことないから、それくらいしか語れない。

 

でもほとんど毎日、メッセージのやりとりしてた。長文の。

わたしは文芸学科で文章書くの大好きだから、ついラインとか長くなってしまって、

それが重かったのかもしれない。暑苦しかったのかもしれない。

 

「またもう一度お会いしたいのですけれど来月空いてますか?」

とラインを送ったら、

「来月は予定がいっぱいで空いていないけれど調整してみます」

と返事が返ってきて、それきり。

 

べつにわたしそのひとのこと好きじゃなかった。

もしかしたらアムウェイとかじゃないかって疑う気持ちもあったし。

そもそもあんまり知らないし、そのひとのこと。

 

でも10月28日から返事が返ってこないことを思い、

まいにち、いっしゅん、悲しくなる。

湯船の中で、そのことを考えては、死のうってなめらかに思ってしまう。

いまもわたしの髪の毛は湿っていて、

なぜならさっきまで2時間も湯船につかっていたから。

浴槽のふちに足だけ出して、

溺れるように死のうって、

この先も愛されることなんてないのだから死のうって、

慰めるみたいに希望みたいに死のうって思った。

数日にいっぺん、

こんなふうに死のうって思う。

 

明日のこともわからないのに、

24年間愛されなかったから、

この先も愛されることないだろうって未来予想。

 

愛されたかった。

かわいいね、ってたくさん言って欲しい。

あのひとのことは、別に好きじゃなかった。

でも連絡が来なくなったってことは、そのひとの生活の中で、わたしの優先順位が低くなったってことで、軽んじられたってことで、そんなふうに、

「無いわ」

って、ごみ箱に入れられたんだって思うとわたしは涙が出る。

 

愛されたかった。愛されたい。

かわいいってたくさん言って欲しい、

カウンセラーさんも、カフェのとなりの席の人も、

このあいだあったあの人も、お客さんも、

秋に職場で出会ったあのひとも、もっと連絡をちょうだい、

主治医も、バーテンも、お母さんも、

お父さんも、

すれ違う人も、待合室のひとも、

過去の上司も、先輩も、

わたしの友達に夢中だった大学の同級生の男の子たちも

わたしを罵った男も

ほとんど名前は思い出せないけれどセックスの相手になった男たち

おねがい、

愛してほしい。

 

 

でもわたしはなぜ、

それだけのひとと関わっていながら

ひとりとして

「愛してほしい!」って言えなかったんだろう。

 

愛は見返りを求めないものです

愛してほしいと嘆く前にあなたから愛しましょう

期待しないことです

相手の気持ちはどうにもならないものです

連絡を待っている時間を、自分の人生のために使いましょう

重たい女、めんどくさい女にはならないように

追いかけるより「追われる」女になりましょう

 

そんなふうなアドバイスで溢れてる

わたしもそれを、「真実」だと思ってた。

ねえそうかもしれない。

 

でもわたし、

「愛してほしい」って、叫んでもいいかもしれない。

ものすごい醜くて、見苦しくて、重くて、めんどくさくても、

いままっさきに思い浮かべる男に、

「愛してほしい」って叫ぶことがわたしは出来るか?

焼けただれたその肌を見なければならない、といつからか脅迫のように思い続けていて

でも、怖くて、出来ずにいた。

平和資料館に行けば見られるのだろう。

格子模様が焼き付いている肌がそこにある、と、あの人と、あの人が言っていた。

 

昨日、二日分眠ったから、眠れなくてとうとう朝になって、いま、ひさしぶりにブログを書いている。

1時間くらい前はひさしぶりに絵を描いた。お粗末な絵だよ、

ぐちゃぐちゃの机の上を片付けていたらほわころくらぶの商品の納品書といっしょに白い厚紙がでてきたから、その厚紙に、絵を。

でも絵の描き方すらもう、わからない。

このあいだ前の職場のひとの個展に行って、そのひとは、クレヨンで描いていた。

下地にいっぱいクレヨンの色があって、上からつまようじとかで削り取るやつ、それをしていて、自由でちょっと幻想的で、かわいらしくて、すてきだった。

ますますそのひとが、好きになった。

(いまふと心の中で、そのひとを、応援してみる。)

 

それはいいんだけれど、その、後ろのクレヨンの色たちをあらわにするやつを自分もやってみたくなって、それって昔、中納良恵さんがやってたなーとか思いだして、

うん、わたしもラジオでそれ聴いてやってみたけれどうまくいかなかったなあ、とか思いだして、

でも、やってみた、明け方に。

 

ただクレヨン、

青、黄色、桃色、灰色、ぐちゃぐちゃと線を伸ばして混ぜ合わせて、

でもなるべく白は残らないように色で埋めて、

なんだか自由さがわざとらしい気がするけれど続けて、

なんとなく鳥の横顔のように見えてくる部分があったから、

色たちの上から真っ黒を、鳥のシルエットで塗りつぶし、

それから、

つまようじで、鳥の目や、からだの模様を描く。

 

 

 

あなた

謙遜しながら、卑下しながら、生きてきたから、

みんなそれを真に受けて、

あなたのことをバカだと思ってる。

 

あなたはあなたが信頼したひとに、それも静かで安心な空間でしか、心のことばを伝えないから、

あなたのなかにどれほど深い泉があるか、愚かな、多くの人々は知らない。

 

あなたが考え続けてきたことやその思考の深さ、

そしてその思考の潤滑油となってきた感覚の鋭さ、それを受け止める精神性の豊かさ

泣いているひとがそばにいるだけで涙があふれたり、遠い人の苦しい文章を読んだだけで自分が苦しむ悪夢を見る共感能力の高さ

語り切れないあなたのすばらしさ

みんなわたしは知ってる。

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さいごにアップした日記はちょうど140日前。

きょうは2017年11月4日

おどろくほど風の冷たい、

満月の日です。

 

自分を肯定していって、

肯定すること自体も肯定していこうと思うんだ。

なにもかも自分自身で。

 ここはご飯もおいしいしカワイイものもいっぱいあるしトイレも大体清潔だけれど、

自己肯定感だけは訓練しないと付かないようになってる。

そんで自己肯定感がないひとは排水溝に飲み込まれて消えてしまう。

しらないうちに息ができなくなってる。

 

「愛されたことがない、24年間も生きてきて」

って泣いてしまう時々。

だれでもいいから愛してほしくて体を投げ出すのだけれど、

けっきょくわたしの穴につっこみたいだけなんだろうな、

わたしってただの穴なんだなって、そういうふうに思って

わたしもあなたのこと、性欲のはけ口としてしか思ってないという態度をとって、

自分から離れてゆく。

 

数か月前、自分の好きな色を見つけて、

さいきん、じぶんに似合う色を見つけた。

パーソナルカラー診断とかではないよ。

自分自身で見つけた。

呪いの言葉かあるいは祈りのように何年間も、ひたすら続けた思考、

それをふっとやめてみて、

感覚に従って歩いてみた。

どちらも必要だった。