偶然日記

いまのテーマは一対一の人間関係。

生きていて嬉しい、楽しいって思うことにする。


周りの人はみな優しくてやわらかいって思うことにする。


お酒に逃げたくなったけど、空を見て思いなおした。


わたしきは夢がありました。

そのことを忘れていたよ。


今日は笑顔で人に会えたからOK

わたしは笑顔がかわいいと言われるんだ。

ゼロ

ゼロから始められるって、すばらしいことじゃないか、と気づいた

わたしにはその機会を与えられた

 

また生まれなおす

25年間の人生は、自分を責めすぎたから

これからのゼロ歳のわたしは自分にとことん優しい言葉をかけると決めた。

自分を責めないと、他人に責められると思い込んでいたけれど、

そんなことなかった。

 

いま、わたしひとりに心強いチームがついてくれている。

家族と、主治医と、ソーシャルワーカーさん。

これからはデイケアのスタッフの方々、就労移行支援の方たちもいずれチームに入ることだろう。

自分ひとりに対してこんなに多くの人たちがついてくれていると思うと悪いことはできない。彼らのためにも笑顔で前向きにいようと思える。

 

ありがとう。

植物

人間というよりは植物の波動に近いね、って言われたの。

 

その人は発達障害のわたしにこうも言った。

「あっち(大多数)の方が障がい者って感じだよ!ギスギスしちゃってさぁ!」

 

わたしは涙が出そうになった。そうだよ、なんでみんなギスギスしているの、ってずっと思ってきたから。争いなんて嫌いだった。ほんとうのことだけでやりとりしたかった。

 

植物に近いわたしには、この世界は刺激が強すぎる。

じぶんを一輪の花だと思って接してみると、優しくなれる気がする。

そのひとに撫でられながら、自分を愛することの本番が始まったと思った。

精神科から退院して思うこと

5月25日の夜に車の中でカフェイン剤を致死量飲んで死のうとした。

憶えてないけれど気弱なわたしは薬を全部(100錠は一気に飲んだと思う)飲んだ後、車の中から母に電話した。

どういう薬をどのくらい飲んだのか、電話したときどういう状態だったのか、ほとんど思い出せないけれどそのあと救急車で運ばれ心肺停止に7分陥った。

 

2日間眠りつづけて意識が戻ったあとは母の名前を間違えて呼んだ。

 

日が経つほどに意識ははっきりしてきたが、幻聴や幻視に悩まされ、看護師たちがわたしをいじめると思い込んでいた。看護師たちは自分を殺めようとしたわたしを罰するために生き地獄の苦しみを味わわせるつもりなのだ、とわたしは思った。いま思えば幻聴なのだが騒音やわたしを嗤う声がひどかった。(でも正直なところよくわからない。いじわるなことをはっきり言われた記憶もある。あまりにもリアルだけれどこれも全部幻覚だったのか?)

寝汗のひどい夜に病院を逃げ出そうとして取り押さえられたことがある。怖い顔をした看護師や精神科医が集まってきて、いまでもそのときのことを思い出すと恐怖で体がこわばる。身体もふらふらでうまく歩けなくて、公衆電話からもなぜか110番がつながらなくて、ヒッチコックの映画みたいだった。もう思い出したくない。

2週間ほど集中治療室にいて、そのあとは精神科に転室した。

そのときには幻覚も収まっていって、おだやかに過ごした。

看護師さんたちもいいひとばかりで、退院するときにさびしかった。

 

今回、脳に後遺症が残ってしまい、生活に不自由はほどんどないけれど、利き手が動かしにくくなってしまった。

リハビリのためにも入院中、毎日日記を書いていたのだけれど、6月30日、静かに雨の降っていた日、この先の予感のようなものが降りてきて、それを日記にしたためた。

 

6月30日 (土)

これからもしかしたら職業訓練所などに通うかもしれないが、ゆったりとしたペースで働き、「雨だなぁ」など思いながら窓の外を見たりするのだろう

 

あの日からときどきこんな静かな気持ちになるときがある。

退院して一週間と一日経った今日、ひさしぶりにこの静けさが降りてきた。

入院中、いろいろな検査をして、わたしは発達障害の「自閉症スペクトラム」であるとわかったのだけれど、これからは通院しながら、日中はそういった精神障害のある人のデイケア施設に通うことになる。どれくらいしてからかわからないけれど、その後は就労移行支援の場に行くことになるのだという。そこで自分の障害にあった仕事探しをする。

焦る気持ちもでてくることもあるけれど、「焦って仕事に就くとまた入院することになるかもしれず、長い目で見ればこれがいちばんの近道なのです」と優しい主治医は何度も言ってくれる。

そうかわたし、発達障害だったんだ。だからいままでいろいろ、生きづらかったんだ。

25年間生きてきてようやく、生きづらさの要因に気づけてホッとしている自分がある。

 

 

入院

入院中ですが生きています。

あの日、5月25日の夜に救急車で運ばれ2日間眠り続けていました。心肺停止にもなったそうです。


いまは救命のところから精神科の個室に転室し、ゆっくり回復中です。リハビリも楽しくやってます。

申し訳ありませんが自死を選びます。

愛してくれた家族、ありがとう。優しい家族のもとにうまれて幸せだった。

自分を責めないでください、わたしはずっと、わたしのせいで、生きづらかった。

職場の皆さんもすみません、迷惑をかけっぱなしで。

できればこれからは新人用のマニュアルを作ってほしいです、わたしのようなひとのために。


たくさん小説を書いたので、わたしが死んだら、それを公開してほしいです。多くの人に読んでほしい。USBに入ってるしゼミ誌の中にもあります。パソコンの中にもあるかな。




ほんとうに、ありがとうございました。

sottoのみなさんにもすくわれていました。

あやさん、6月28日のネガティブカフェ、わたしはいないけど、すてきな場にしてくださいね。



すてきさんもね、ありがとう。すてきさんに新しいワンピース見せたかったなあ。カフェ開くの、すごく向いていると思う。心地よくておしゃれな空間をつくるの、すごく上手だもん。

わたしもそんなひとになりたかったな。


りさこの赤ちゃんも抱っこしたかったなあ。


ともかく、

ありがとうございました。心から。

つらくなったら、空を見て、

つらい気持ちを空に預けてみる。


そうしたらすこし楽になるよ。


福島まりな

あたしは透明じゃない

夕方、姿見の前で下着姿のじぶんをじっと見つめたり、

ケータイで写真を撮ったりしていたら、

思っていたより太くたくましいわたしがそこにいたのだけれど、

わたしの体について理解が深まり、

じぶんの体を愛するってこういうことかってすこしわかったし、

セックスについて、いままで自分がしてきたセックスは

文字通り「体を投げ出す」捨て身のものだったと思い至った。

自分の体について何もわかっておらず、見ようともせず、

いわば目隠しをした状態で、(セックスの場面で目隠しって比喩はなんだかわかりずらいけれど)

「はい、性器を露出しますよ、これで興奮するんでしょあなたたち男は」

みたいな、カンカクでセックスに臨んでいたとおもう。

それって自分と目の前の男性を「分断」する態度で、

自分も、そして相手も人間扱いしていなかった。

だからわたしにセックスの記憶ってあんまりないんだ。

コードを抜いて、ムカンカクの機械になってセックスしているから。

 

足の爪を朱色に塗ってもらってもいまいちエロさがでなかったわたしは、

その足の先が、どういうふうに感応するかを知ろうとしなかったんだとおもう。

 

子どものころからなんか自分の脚の太さが嫌いで、自分がみじめで、

だれからも見られなければいいなと透明人間みたいな気分で生きてきた。

そのおかげか火花バチバチの三角関係とか

女同士の嫉妬とか

そういうのには巻き込まれなかったけど

そのかわり自分が主体となって、

だれかの目にとまる存在となって

世界に飛び込むことはいっさいない。

 

世界の真ん中は、激しい炎の色の、うつくしいグラデーションの円ではないか、と思っている。 

その真ん中を、漸く見つめる。

やっと言えるんだ。長かった。

「あたしは透明じゃない。」