このところ、
すてきな自分にならなきゃ!
って、ちょっと焦っていることに気がついた。
なんというか、
自分のいい所を伸ばしてゆくというのではなく、
コンプレックスを解消してゆく方向で、今しなくてもいいような努力を進めていた。
褒められることが増えてきたけれど、もちろんうれしいしもっとがんばるぞってなっていたけれど、
ゆっくりひとりで過ごす時間の豊かさや、
短所があるからこそ魅力的な人たちの存在、
そして自分もおそらく欠点だらけだろうけれど、いいところもたくさんあるだろうし、
そういうすべてを周りからはふんわりと受け入れてもらってる。
そういう事実を忘れかけていた。
すてきな自分になれるかも、と思えることは素晴らしいことだ。
でもいまの○○を治さないことにはすてきな自分にはなれない!
と思って努力をするのはくるしい。
たとえばわたしはあと6キロ痩せたい。
でも6キロ痩せた先にしかすてきなわたしはいないのか?
いまのわたしは?
いまのわたしも、6キロ痩せた先のわたしも、どちらもすてきだって言い張りたい。
書きながら、今浮かんだ。
秋の風を感じながら歩いてみようと。
五感を研ぎ澄まして世界のうつくしさに触れることは、
いまのわたしにもできるすてきなことだ。
そうしてそういうことから、わたしのすばらしさは始まってゆく。