偶然日記

いまのテーマは一対一の人間関係。

精神科から退院して思うこと

5月25日の夜に車の中でカフェイン剤を致死量飲んで死のうとした。

憶えてないけれど気弱なわたしは薬を全部(100錠は一気に飲んだと思う)飲んだ後、車の中から母に電話した。

どういう薬をどのくらい飲んだのか、電話したときどういう状態だったのか、ほとんど思い出せないけれどそのあと救急車で運ばれ心肺停止に7分陥った。

 

2日間眠りつづけて意識が戻ったあとは母の名前を間違えて呼んだ。

 

日が経つほどに意識ははっきりしてきたが、幻聴や幻視に悩まされ、看護師たちがわたしをいじめると思い込んでいた。看護師たちは自分を殺めようとしたわたしを罰するために生き地獄の苦しみを味わわせるつもりなのだ、とわたしは思った。いま思えば幻聴なのだが騒音やわたしを嗤う声がひどかった。(でも正直なところよくわからない。いじわるなことをはっきり言われた記憶もある。あまりにもリアルだけれどこれも全部幻覚だったのか?)

寝汗のひどい夜に病院を逃げ出そうとして取り押さえられたことがある。怖い顔をした看護師や精神科医が集まってきて、いまでもそのときのことを思い出すと恐怖で体がこわばる。身体もふらふらでうまく歩けなくて、公衆電話からもなぜか110番がつながらなくて、ヒッチコックの映画みたいだった。もう思い出したくない。

2週間ほど集中治療室にいて、そのあとは精神科に転室した。

そのときには幻覚も収まっていって、おだやかに過ごした。

看護師さんたちもいいひとばかりで、退院するときにさびしかった。

 

今回、脳に後遺症が残ってしまい、生活に不自由はほどんどないけれど、利き手が動かしにくくなってしまった。

リハビリのためにも入院中、毎日日記を書いていたのだけれど、6月30日、静かに雨の降っていた日、この先の予感のようなものが降りてきて、それを日記にしたためた。

 

6月30日 (土)

これからもしかしたら職業訓練所などに通うかもしれないが、ゆったりとしたペースで働き、「雨だなぁ」など思いながら窓の外を見たりするのだろう

 

あの日からときどきこんな静かな気持ちになるときがある。

退院して一週間と一日経った今日、ひさしぶりにこの静けさが降りてきた。

入院中、いろいろな検査をして、わたしは発達障害の「自閉症スペクトラム」であるとわかったのだけれど、これからは通院しながら、日中はそういった精神障害のある人のデイケア施設に通うことになる。どれくらいしてからかわからないけれど、その後は就労移行支援の場に行くことになるのだという。そこで自分の障害にあった仕事探しをする。

焦る気持ちもでてくることもあるけれど、「焦って仕事に就くとまた入院することになるかもしれず、長い目で見ればこれがいちばんの近道なのです」と優しい主治医は何度も言ってくれる。

そうかわたし、発達障害だったんだ。だからいままでいろいろ、生きづらかったんだ。

25年間生きてきてようやく、生きづらさの要因に気づけてホッとしている自分がある。