偶然日記

いまのテーマは一対一の人間関係。

「真理に照らしてこう言おう。あなたが、あなたのわざを天国のためとか、神のためとか、あなたの永遠なる浄福のためとか、つまりは、外に立てたものからなすかぎり、あなたはけっして正しくはないと。たしかにひとはあなたを認めてはくれであろうが、しかしそれが最善なことではない。なぜならば、内面への沈潜、敬虔な祈り、甘美な法悦、あるいは神の特殊な恩寵の内にあるほうが、かまどの火のそばや、うまやにいるよりも、多くのものをうることができると思い違いをするならば、あなたも、神をとらえ、その頭にマントをかぶせて腰かけの下に押し込めてしまうようなものだからである。

なぜならば、神をある仕方で探す人は、その仕方を手に入れるだけで、その仕方のうちに隠れる神をとらえることがない。しかし神を、いかなる仕方もなしにさがす人は、神をあるがままの姿でつかむのである。そのような人こそ、子と共に生きる人であり、つまりは命そのものなのである。だれかが命に向かって千年もの間、「あなたはなぜ生きるのか」と問いつづけるとしても、もし命が答えることができるならば、「わたしは生きるがゆえに生きる」という以外答はないであろう。それは、命が命自身の根底から生き、自分自身から豊かに湧き出ているからである。それゆえに、命はそれ自身を生きるまさにそのところにおいて、なぜという問いなしに生きるのである」

 

エックハルト説教集』より引用